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東京地方裁判所 平成5年(ワ)1576号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

泉進

染井法雄

被告

明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役

波多健治郎

右訴訟代理人弁護士

上山一知

主文

被告は、原告に対し、三億〇八四七万〇九三八円及び内金二億九七九八万七六〇八円に対する平成五年二月一八日から、内金一〇四八万三三三〇円に対する同五年一二月二七日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一申立て

主文と同旨

二事実関係

1  事案の概要

原告は、平成元年一二月一日、被告との間で別紙保険目録記載一ないし三の一時払変額保険契約(終身型。商品名・ダイナミック保険ナイスONE。以下「本件保険契約」という。)を締結したが、被告に対し、右契約の無効及び被告の不法行為責任等を主張して、不当利得返還請求権及び損害賠償請求権等に基づき、三億〇八四七万円余の支払を求める。本件は、右保険契約が被告会社社員らの不当な保険勧誘により原告の錯誤に基づいて締結された無効のものであるか否か、被告会社社員らに原告に対する説明義務違反等の債務不履行又は不法行為があったか否かなどが争われた事案である。

2  争いのない事実

(1)  被告は生命保険を主たる業として営む相互会社である。

(2)  原告は、被告との間で、平成元年一二月一日、本件保険契約を締結し、同日被告に対し、保険料合計二億四一三一万一〇〇〇円を支払った。

(3)  右契約の締結に先立ち、被告の千代田支社大手町営業所所長乙川二夫及び同営業所支部長丙沢春子らは、原告に対し、本件保険への加入を勧誘した。

(4)  右契約締結当時、原告は高齢で東京都世田谷区内に別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)を有し、原告及びその家族が原告死亡時の相続税の負担を憂慮していたところ、乙川、丙沢らは、そのころ、原告宅を訪問し、本件保険料等を銀行から借り入て一括支払った場合、その借入額が相続時に課税対象からはずれ、原告死亡時における相続税の支払に役立つことなどを述べた。

(5)  原告は、本件保険料の支払に充てるため、その資金を訴外株式会社三菱銀行から借り入れ、この借入金をもって本件保険料を支払った。

3  原告の主張

(一)  (要素の錯誤による本件保険契約の無効又は詐欺による意思表示の取消と不当利得返還請求について―選択的併合)

(1) 本件保険は、株式市況等により解約返戻金の額が変動し、元本割れする極めて危険度の高い保険商品である。

(2) しかるに、被告会社の社員である乙川及び丙沢らは、原告に対し、平成元年一〇月二四日、原告宅において、原告を被保険者とする一時払変額保険契約の締結を勧誘し、「原告の自宅を担保に銀行から借金して本件保険に加入すれば、負債分だけ課税対象から外れて節税になるし、原告が死亡したときに保険金が入るので相続税を払って余りがある。この保険は株式と違って元本割れすることはなく、被告の運用で通常一三パーセント程度の利回りが期待できる。最低でも九パーセントの運用利回りが保証できるので、家族も加入すればその分さらに安全確実にお金を運用できる。」などと、九パーセント以上の運用利回りが確実で原告の死亡保険金と家族の解約返戻金の額が銀行借入金(借入利息を含む)を下回ることがない旨虚偽の事実を述べて、原告をしてその旨誤信させた。

(3) その後、乙川及び丙沢らは、原告が高血圧症のため本件保険に自ら被保険者として加入することができないことが明らかになった後も、平成元年一二月一日の本件保険契約の締結に先立ち、「原告が被保険者とならなくても、保険料を全額借り入れて一括払いし家族を被保険者として契約を締結すれば、保険料の分だけ相続税の課税対象外となる上、中途解約したときでも最低九パーセントの運用による利回りが保証できる。原告の家族三人の場合、一時払保険料全額を約六パーセントの金利で銀行借入れでまかなったとしても、その返済は解約返戻金で支払って十分余りがあり、相続税支払源資に充てることができる。」などと、前記同様に九パーセント以上の運用利回りが確実で解約返戻金が銀行借入金(借入利息を含む)を下回ることがない旨虚偽の事実を述べて、原告をしてその旨誤信させた。

(4) その結果、原告は、平成元年一二月四日、三菱銀行(上北沢特別出張所)から、保険料(二億四一三一万一〇〇〇円)とその他の諸費用(抵当権設定費用、保険料等)の両方に充てるための資金として合計二億六〇〇〇万円を、返済期平成六年一二月二六日、利率年六パーセント(変動金利)、利息毎月二六日払の約定で借り受け、被告に対し、本件保険契約締結に当たり、保険料二億四一三一万一〇〇〇円を支払った。

(5) 以上の次第で、本件保険契約の締結に関する原告の意思表示は要素の錯誤があって無効である。また、右意思表示は被告社員の詐欺によるものであるから、本訴において右意思表示を取り消す。

(6) よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、二億四一三一万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年二月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  (債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権について―選択的併合)

(1) 被告は、原告に対し、本件保険が、株式市況等により解約返戻金の額が変動し、元本割れする極めて危険度の高い保険商品であるから、契約締結の勧誘に際し、右商品の仕組みや危険性を十分相手方に説明する義務があったのにこれに違反し、むしろ前記のとおり虚偽の事実を告知して原告を錯誤に陥らせ、無効な契約を締結させた。したがって、被告には、契約締結上の過失があり、原告が右契約締結によって被った損害を賠償する責任がある。

(2) また、乙川及び丙沢らは、被告の被用者であるところ、同人らの前記説明義務違反及び虚偽事実の告知は、原告に対し不法行為を構成し、右保険勧誘行為は被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は、原告に対し、民法七一五条の使用者責任に基づき、原告が右契約締結によって被った損害を賠償する責任がある。

(3) 損害 合計六八一五万九九三八円

内訳 原告は、三菱銀行に対し、本件借入金二億六〇〇〇万円に対する利息として別紙支払利息目録記載のとおり、借入から平成五年一月二六日までの間に五六六七万六六〇八円を、その後、同年一一月二六日までの間に一一四八万三三三〇円を支払った。

(4) よって、被告は、原告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、六八一五万九九三八円及び内金五六六七万六六〇八円に対する平成五年二月一八日から、内金一一四八万三三三〇円に対する同五年一二月二七日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)  まとめ

よって、被告は、原告に対し、右(一)、(二)の合計三億〇八四七万〇九三八円及び内金二億九七九八万七六〇八円に対する平成五年二月一八日から、内金一〇四八万三三三〇円(一一四八万三三三〇円から一〇〇万円を控除した金額)に対する同五年一二月二七日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  被告の主張

(1)  原告の主張は争う。

(2)  仮に、原告に要素の錯誤があったとしても、原告には重大な過失がある。

三主要な争点

1  本件保険契約の締結に際し、原告に要素の錯誤があったか否か。

2  本件保険契約の締結に際し、被告の社員が原告を欺罔したか否か。

3  被告に原告主張の債務不履行があったか否か。

4  被告の社員が原告に対し原告主張の不法行為をしたか否か。

四争点に対する判断

1  争点1(要素の錯誤)について

(1)  証拠(甲一ないし四、五の一ないし四、六、七の一ないし三、九、一一の一、一二、一三、一四の一、二、一五、乙二三の各一ないし三、証人丙沢春子、同池田豊、同乙川二夫、原告本人)によると、次の事実を認めることができる。

① 丙沢は、被告会社の外務員であるところ、原告の長男豊の職場において、同人の父である原告が高齢で東京都世田谷区内に約一四〇坪の宅地を所有し、原告や家族が原告の死亡時の相続税の負担を憂慮していることを知るに及び、相続税対策として原告に本件保険への加入を勧誘することを考えるに至った。

② そして、平成元年一〇月二四日、被告千代田支社大手町営業所長乙川二夫、同副所長丁海三郎及び丙沢の三人は、原告宅を訪れ、本件保険について原告に説明した。原告の妻敏、長男豊、豊の妻文世も同席した。乙川らは、原告に対し、「RIT―PLAN(相続税対策プラン)」(甲四)と題する書面を示し、本件保険は、一括保険料を銀行から借り入れて支払い、これを返済せずに利息も継続して借り入れて負債を雪ダルマ式に増大させ、相続税課税対象額を圧縮して相続税額を減額する一方、銀行からの借入金を原告の死亡保険金と原告以外の者の被保険者の解約返戻金をもって返済し、余剰金を相続税の支払に充てるものであることを説明した。

③ 「RIT―PLAN(相続税対策プラン)」は被告の社員が作成したもので、その前提は、ア 原告所有の本件不動産が八億円(課税評価額七億円)であり、今後地価が年八パーセントの割合で上昇すること、イ 原告を含む家族四人が被保険者になること、ウ 保険契約者である原告が一括保険料及び担保権設定費用を全額銀行借入でまかない、借入利息が年六パーセントであること、エ 保険利回りが年九パーセントであること、であった。

④ 乙川らは、原告に対し、右の事項を当然の前提として「RIT―PLAN(相続税対策プラン)」を説明し、「本件保険は通常は年一二ないし一三パーセントで回るが、最低でも年九パーセントは絶対確保できる。相続税対策にはうってつけである。同じような悩みを持っている人にも喜ばれている。ただ、大蔵省がこのような利回りのよい保険をおかしいと思っているので、近々販売ができなくなるおそれがある。加入するなら今のうちである。」などとこもごもその有利性を強調し、相続税対策として安全確実であることを述べた。原告は、本件保険加入はあくまで相続税対策であり、安全確実性を最も重視していることを何度も確認した。これに対し、乙川らは、年九パーセントの運用実績で書かれている「RIT―PLAN(相続税対策プラン)」を示して、「明治生命は運用のプロが揃っている一流企業であり、まかせてもらえば絶対に九パーセントの利回りは大丈夫である。万一この利回りが確保できないということになれば、明治生命自体がおかしくなる。」と説明した。その際、「明治のダイナミック保険ナイスONE」の「運用実績」4.5パーセントの例は、大蔵省の指導で記載しただけで、このような事態は現実には絶対にあり得ない」と述べた。解約返戻金が一括払保険料や銀行借入金を下回る可能性があるとの話はなかった。同席した豊は、乙川らに対し、借金が増大して本件不動産を処分することにならないか再三質問したが、乙川らはその心配は全くないと述べた。

⑤ その後、乙川及び丙沢らは、原告が高血圧症のため本件保険に自ら被保険者として加入することができないことが明らかになった後も、平成元年一二月一日の本件保険契約の締結に先立ち、「原告が被保険者にならなくても、保険料を全額借り入れて一括払し家族を被保険者として契約を締結すれば、保険料の分だけ相続税の課税対象外となる上、中途解約したときでも最低九パーセントの運用による利回りが保証できる。原告の家族三人の場合、一時払保険料全額を約六パーセントの金利で銀行借入れでまかなったとしても、その返済は解約返戻金で支払って十分余りがあり、相続税支払源資に充てることができる。」などと、前記同様に九パーセント以上の運用利回りが確実で解約返戻金が銀行借入金を下回ることがない旨虚偽の事実を述べ、原告はその旨誤信した。

⑥ その結果、原告は、平成元年一二月四日、三菱銀行(上北沢特別出張所)から、保険料二億四一三一万一〇〇〇円とその他の諸費用(抵当権設定費用、保険料等)に充てるための資金として合計二億六〇〇〇万円を、返済期平成六年一二月二六日、利率年六パーセント(変動金利)、利息毎月二六日払の約定で借り受け、被告に対し、本件保険契約締結に当たり、保険料二億四一三一万一〇〇〇円を支払った。

⑦ ところが、その後、本件保険の解約返戻金の額が原告の理解とは異なって保険料等を下回る事態が生じた。

(2)  以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人丙沢春子及び同乙川二夫の証言は、前掲各証拠に照らして信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、原告は、本件保険契約の締結に際し、本件保険が株式市況等により解約返戻金の額が変動し、元本割れする危険度の高い保険商品であるのに、右のような事態の生ずる危険性のない保険であると誤信して契約を締結したもので、原告の意思表示には要素の錯誤があったと認めるのが相当である。

したがって、本件保険契約は要素の錯誤によって無効であるといわざるを得ない。

(3)  被告は、原告の要素の錯誤には重大な過失がある旨を主張するが、この事実を認めるに足りる十分な証拠はない。

(4)  そうであるならば、被告は、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、原告が被告に交付した二億四一三一万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年二月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

2  争点4(不法行為による損害賠償請求権)について

(1)  保険会社の社員が、株式市況等により解約返戻金の額が変動し元本割れする危険度の高い保険への加入を勧誘する場合には、その保険の有利性のみならず、右の保険の危険性についても相手方に十分説明する義務があると認めるのが相当である。前記争点1において認定した事実を総合すると、乙川及び丙沢らは、被告の被用者であるところ、同人らは、原告に本件保険契約を勧誘するに際し、前記説明義務に違反した上、むしろ虚偽の事実を告知して原告に右契約を締結させたものと認めるのが相当である。右行為は、原告に対し不法行為を構成し、かつ、右保険勧誘行為は被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は、原告に対し、民法七一五条に基づき、右契約締結によって原告の被った損害を賠償する義務がある。

(2)  証拠(甲九、一五、一六の一ないし四)及び弁論の全趣旨によると、原告は、被告社員らの右不法行為に基づき、三菱銀行に対し、本件借入金二億六〇〇〇万円に対する利息として別紙支払利息目録記載のとおり、借入後、平成五年一月二六日までの間に五六六七万六六〇八円、同年二月から同年一一月二六日までの間に一一四八万三三三〇円、以上合計六八一五万九九三八円を支払ったことが認められる。

(3)  そうすると、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、六八一五万九九三八円及び内金五六六七万六六〇八円に対する平成五年二月一八日から、内金一一四八万三三三〇円に対する同五年一二月二七日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

3  まとめ

結局、被告は、原告に対し、右1、2の金額の合計三億〇八四七万〇九三八円及び内金二億九七九八万七六〇八円に対する平成五年二月一八日から、内金一〇四八万三三三〇円(一一四八万三三三〇円から一〇〇万円を控除した金額)に対する同五年一二月二七日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

五結語

よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官河野信夫)

別紙保険目録

一 証券番号 三一―四九七四七一

被保険者 甲野敏(大正一三年二月四日生まれ)

一時払保険料 一億〇一七八万四〇〇〇円

死亡保険金 二億円

二 証券番号 三一―四九七四六八

被保険者 甲野豊(昭和二四年一二月三一日生まれ)

一時払保険料 七九二九万六〇〇〇円

死亡保険金 二億八〇〇〇円

三 証券番号 三一―四九七四六九

被保険者 甲野文世(昭和三一年二月一九日生まれ)

一時払保険料 六〇二三万一〇〇〇円

死亡保険金 三億円

別紙物件目録

一 土地

1 所在 東京都世田谷区○○

地番 ××番××

地目 宅地

地積 404.45平方メートル

(原告の持分 一〇分の九)

2 所在 東京都世田谷区○○

地番 ××番××

地目 宅地

地積 36.36平方メートル

(原告の持分 一〇分の九)

二 建物

所在 東京都世田谷区○○○

家屋番号 八九三番二九

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建

床面積 一階 74.36平方メートル

二階 28.98平方メートル

(原告の持分 一〇分の九)

支払利息目録(元金26000万円)

返済日

支払利息

小計

平成2年1月26日

2月26日

3月26日

4月26日

5月28日

6月26日

7月26日

8月27日

9月26日

10月26日

11月26日

12月26日

2,314,949円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

1,343,333円

17,091,612円

平成3年1月28日

2月26日

3月26日

4月26日

5月27日

6月26日

7月26日

8月26日

9月26日

10月26日

11月26日

12月26日

1,928,333円

1,928,333円

1,928,333円

1,928,333円

1,928,333円

1,928,333円

1,668,333円

1,668,333円

1,668,333円

1,668,333円

1,668,333円

1,668,333円

21,579,996円

平成4年1月27日

2月26日

3月26日

4月27日

5月26日

6月26日

7月27日

8月26日

9月28日

10月26日

11月26日

12月26日

1,495,000円

1,495,000円

1,495,000円

1,495,000円

1,495,000円

1,495,000円

1,300,000円

1,300,000円

1,300,000円

1,300,000円

1,300,000円

1,300,000円

16,770,000円

平成5年1月26日

2月26日

3月26日

4月26日

5月26日

6月28日

7月26日

8月26日

9月27日

10月26日

11月26日

1,235,000円

1,235,000円

1,235,000円

1,235,000円

1,235,000円

1,235,000円

1,061,666円

1,061,666円

1,061,666円

1,061,666円

1,061,666円

累計56,676,608円

合計

68,159,938円

(平成5年11月26日現在まで)

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